「COYOTE」佐野元春
trackBacks (0) givenComments (2) Sep 10, 2007

言わずとしれた佐野元春氏の新譜「COYOTE」。6月の発売から既に三ヶ月が経ったけれど、新鮮で清々しい衝撃は全く色あせない。2007年、これから数ヶ月でどんな新譜が出ようとも、このアルバムは"Album of the Year"だろう。疑いようがない。
自社の宣伝のようで気がひけるけれど、クレイテプスで企画・運営しているインタビューサイトがある。UPな人に会いに行くインタビューサイト パーソンアップというサイト。7人目の"UPな人"は佐野元春氏だった(9/13より掲載開始)。1時間のインタビューと15分の撮影。共に僕が行った。決して"ありきたり"とは言えない変則的な質問を重ねたにも関わらず、佐野氏の口から紡ぎ出されるのは「完璧な」言葉。1時間のうちただの1分も、僕は彼から目を逸らすことができなかった。
「佐野元春」は偉大な音楽詩人である。これもまた疑いようのない事実である。
「COYOTE」の音と言葉
アルバム「COYOTE」を初めて聴いた時、僕の部屋にはそれほど立派なオーディオがなかった。引っ越しをしてから、「そろそろオーディオをちゃんと買わなきゃ」とことあるたびに思ってはいたけれど、あらためて重い腰を上げるきっかけが生まれなかった。寝るためだけに帰る部屋には、耳障りの悪くないBGMのための貧相なオーディオが一つ置かれていれば十分だった。
梅雨らしくない6月の初めのある日、そんな部屋で「COYOTE」を聴いた。一通り聴き終えてから、CDを止めて考えた。
これは他人事ではない。これは僕の歌なんだ、と。
それからすぐに出掛ける支度をして、BOSEのショップに行ってオーディオを買った。とうていBGMには収まらないアルバム「COYOTE」を聴くために。
もしも君が気高い孤独なら
その魂を空に広げて
空の切れ間に
君のイナズマを
遠く遠く解き放ってやれ「君が気高い孤独なら」より抜粋
希望を唄う歌は多くあるし、開放感を表現する曲も数多い。しかし、その希望を、その開放感を強い説得力を持って誰かの胸に響かせようとするとき、表現者は同時に絶望も直視しなければいけない。閉塞感を感じた上での表現でなければいけない。少なくとも僕の胸は片翼だけの歌には強く揺らされない。佐野元春氏の歌は、影の部分も直視する。もう少し正確に言えば、希望に光をあてることで影を表現する。僕にはそのように聞こえる。
そして「COYOTE」はどの角度から聴いても「完璧」な音がする。アルバムの終わり頃に波の音が聞こえる時、僕は「海」はどこかと考えた。おそらく誰にとっても他人事ではない歌だと思う。あなたの「オーディオ」の準備はできてるだろうか。
ミュージッククリップコンテスト
佐野元春氏は、日本で初めてミュージシャンのアーティストオフィシャルサイトを開設したこともよく知られている。MWSと呼ばれる彼のオフィシャルサイトはなんと1995年に生まれている。そんな歴史あるサイトなので、ウェブを使った企画は非常によく考えられていて、「ウェブならでは」のものを大胆にいち早く取り入れている。FLASHのブログパーツで新曲を試聴させたのもずいぶん前のことだった(今では多くのアーティストのPR手法となっている)。
今回の新譜の企画サイトもとても内容の濃いものばかりだ。その中でもとりわけ僕が興味をひかれたのが、ミュージッククリップコンテストだ。「君が気高い孤独なら」の曲(90秒版)を題材にしたミュージッククリップ映像を募集した。映像の撮影や編集がかなり身近な存在になった現在をよく反映した素晴らしい企画だと思う。僕も作らずにはいられなかった。佐野氏の「完璧な」音と言葉に、自分の映像を乗せれるのだから。
というわけで、製作した映像を下に貼っておく。90秒の時間のゆとりがある方は、スピーカーの音を最大にして観てほしい。
amawami at 17:47 on Sep 10, 2007
ふふ。久しぶりに映像作品を楽しませてもらいました。私にはこの音楽、そんなに深く感じ取ることはできないんです。他人事。でも映像付きだと「共感」の部分が出てきて、親しめましたよ。
K at 22:41 on Sep 10, 2007
コメントありがとうね。久しぶりに観てもらえて嬉しいです。前から観てもらってるもんな。。なんだか感慨深い。



